よく寄せられる質問やこれまでの経験から、これから胡弓を習いたいと思っている方へのアドヴァイスを掲載します。

先生

独習の可否と先生探し

独学派の方もいると思いますが、是非とも先生に師事することをお勧めします。何故かと言えば、まず、特に弓で弾く楽器は良い音が出せるまでになるのが容易でないこと、また胡弓音楽の歴史の中で積み上げられ継承されて来た芸 (演奏、表現の様々な技、ニュアンスなど) が、独学ではまずほぼ習得不可能だからです。ヴァイオリンや二胡の経験があったとしても、三味線の経験を持っていても、胡弓はそれらとはまったく別の楽器です。胡弓独自の技と表現はたくさんあります。楽器というものを甘く見るべきではありません。たとえ自分でまったく新しい胡弓音楽を創造したいと思っても、まずはきちんと学ぶべきことがらを習い修めることが大切です。特に擦弦楽器の演奏に際して運弓はきわめて重要で、これに本当に慣れて来るまでには普通3年はかかると考えてください。また、いったん自己流で良くない弾き癖がついてしまうと、それを取り除くのはなかなか大変で、場合によっては何年もかかることすらあります。

さて、問題は先生です。はっきり言って、全般に胡弓を教える人のレベルは決して高くないのが実情です (たとえ基本的な音楽レベルが高い人でも、胡弓の技、表現、知識等が不足していることが多い) 。現在胡弓を教える先生は少ないので、ちょっと習っただけの人でも教えたりしていることがしばしばあります。胡弓楽の場合、たいていは地唄三味線と箏の先生が胡弓の教授も兼ねているのですが、あくまでも箏や三味線が主で、胡弓は片手間程度にやっているという感じで、胡弓を深めている人は本当に少ないです。知識があっても基本的な技術がまだまだの人、きちんとした芸を継承していない人、本当に芯から音を弾き出すことができない人など、私から見ると首を傾げたくなる方が少なからずおられます。また少なくとも三曲の胡弓(胡弓楽)、文楽胡弓、民謡の胡弓はそれぞれ専門が違うことも考慮に入れるべきです ( [専門] を参照 )。

三味線と胡弓はよく似ているので、三味線が弾ければ胡弓も弾けると安易に思われがちです。しかし、三味線のような撥絃楽器と胡弓のような擦絃楽器では、音の「鳴り」が違います。三味線と胡弓はまったく別の楽器と考える必要があります。だから三味線の名人でも胡弓が巧いとは決して言いきれません。また胡弓が箏や三味線との合奏の中で常に添え物的存在に徹している流派では、目立たないように弾くことばかりに重点が集中してしまい、いざ独奏という時に堂々とした演奏表現をする力、本当に楽器を鳴らす力を養えないこともあります。胡弓の音が弱々しい、か細い、哀れだなどという先入観を持たれる一つの原因として、この楽器を本当に弾きこなし鳴らす力が足りないからであるという点は見逃せないと思います。

私が考える良い胡弓の先生とは、基本的な技術と最低限必要な音楽理論の知識を持っていることは当然として、

本当に楽器の中 (芯) から音を弾き出し、響かせる (鳴らす) 技を持っているか

長い年月にわたって積み上げられて来た胡弓の芸をきちんと継承しているか

胡弓を基礎から体系的に指導、教授することができるかどうか

胡弓について総合的な知識、理解 (歴史や文化) を持っているか

これらの条件を満たす人です。加えて、音楽的センスもきちんと身に付けているならなお良いと思います。

もちろん、先生の人間性や師弟間の相性もあるでしょう。厳しい先生に良く合う人もいれば、厳しい先生だとうまくいかない人もいます。私もこれまで通算300人以上の人を指導して来ましたが、中には相性の難しい人もありました。これは私や門下生の性格の善し悪しではなく、やはり人間には性格が合う、合わないという相性の問題が必ずあり、それを避けて通れないからであると思っています。先生の人柄については、社中の方に聞いてみるのも良いかも知れません。

価格
楽器の価格

花梨(かりん)材の稽古用のもので6〜7万円くらい、紅木(こうき)の並物で20万円くらい、もちろんお金をかけようと思えばいくらでもかけられますが、30万円から40万円位でかなり音の良いものができます。弓は並物で1万円弱からありますが、手に持った時バランスの悪いものも少なくなく、長時間弾いていると手や指が疲れたり、場合によって腱鞘炎を引き起こす可能性もあるので注意が必要です。上等な弓は毛の質によって値段も変って来ますが、5〜6万円が目安、さらに棹の材質も良いもので20万円ほどです。総じて、胡弓は三味線や箏、ヴァイオリン等に比べればかなり割安と言えます。私自身もそれほど高い胡弓は持っていません。なお、五絃胡弓は紅木棹で60万円ほどです。

いずれにしても最初に稽古用を買い、何年かたって上達してから上物を買うという門下生が多いです。

胡弓に限らず電気系以外の楽器全般について言えることですが、次第に材料となる資源が減り、また製作には職人の高い技術が必要なので、価格は少しずつ上昇しています。

 どのような
どのような楽器を選ぶか

外見のチェックはできても、 音の具合は弾いてみないと分かりません。長く胡弓を扱っている経験豊かな人に見てもらうのが一番です。それ以前の段階としてチェックすべきは次の点です。

1
棹と銅の接合点に隙間がまったくないこと。
2 棹が前、横、上から見て歪んでいないか。中古品には棹が歪んでいるものがある。
3 皮がある程度よく張れていて、縁がめくれ上がったりしていないか。特に表皮が厚過ぎるのは良くない。
4 糸巻と座金の仕込みが良く、糸巻がスムーズに回せ、ゆるみ難くないか。座金の天神への接着がきちんとしているか。特に並物に使う真鍮の座金は接着がとれやすいので注意。中古品の糸巻は新品と取り替えた方が良いことが多い。
5 上駒の接着がしっかりしているか。上駒の盛り上がりが大きいものは糸が切れやすい。
6 音緒は正絹であるべき。
7 胴の枠木が厚過ぎるものは鳴りにくい。
8 胴の枠木の接着に隙間がないか。新品ならまず問題ないが、古い中古品には隙間が生じているものが多い。
9 天神の海老尾の先が欠けていないか。中古品には欠けているものが多い。
10 中古品の場合、棹の面(つら = 前面)が長期の使用により削れて凸凹になっている(勘減り)ことがあり、それがひどいと演奏にも影響するので注意。
11 弓の棹が左右に曲がっていないか。またホゾがきちんと組み合わさり、脱着もしやすいかどうか。
12 弓を持ってみて、バランスが悪いと弾きにくく手が疲れやすい。特に持った右側の部分が短いとバランスが取りにくい。手元に大きな房をつける流派もあるが、当会ではまったく不必要。
13 初歩には弓毛が60センチメートルほどのものが適当。長い弓は慣れてから。また短過ぎる弓は不適当。特に民謡胡弓の弓は胡弓楽には使えない。
14 毛は少な過ぎず(両端の束ねてある部分の直径が7〜9ミリメートル程度)、上からぶら下げてみて毛がすべて真っすぐで撚れたり捻れたり波打っていないもの。また両端の止めが甘いと毛が抜けやすい。
15 結び金具が指に当っても痛くないかどうか。
16 結び金具から毛の紐が5〜7cmあるのが望ましい。
17 駒の底面が真っ平らであること。一の糸、三の糸の糸道の高さと二の糸の糸道の高さの差が7〜8mm程度が適当。それよりも多過ぎても少な過ぎても弾きにくい。

流派や教授者には多かれ少なかれ、また上級品になるほど、楽器の細部についてこだわりがあるのが普通です。それが単に音色に関係するだけの場合もあれば、非常にこだわりが強くて特定の形のもの、あるいは特定の職人、楽器店のもの以外は薦めない所もあります。特に駒は系統、流派、個人によって材質や作りがまったく異なりますし、弓も同様です。いずれにしても入門先の師匠の指示に従うことになります。

どこで
どこで売っているか
和楽器店、三味線店ならたいていは扱っています。ただし扱い経験の豊かな店で買うべきです。もしよく分からない時は、問い合わせ頂ければ紹介します。胡弓、三味線の製造は古くから分業制になっていることが特徴で、個々の職人は胴、棹などそれぞれ専門に分かれており、一つの楽器としてまとめるのが和楽器店の仕事です。ですからふつう、ヴァイオリンや箏のように製造販売を一括している製作家はいません。
 中古
中古品

骨董品店やネットオークションなどでもごく稀に胡弓が売られることがありますが、傷みがひどく修理にかなり費用がかかってしまうものもあります。少なくとも皮の張り替えをしなければならないものがほとんどですから、その費用も念頭に置くべきでしょう。特にまだ胡弓という楽器をよく知らないなら、信用のおける楽器店で新品を買うことをお勧めします。新品なら、買ったお店がアフターケアもきちんとしてくれます。

 専門

専門

もし、ばくぜんと胡弓を習いたいのなら、気をつけたいのは胡弓楽と民謡胡弓では専門が違うということです。ただし胡弓楽を基礎から学べば、民謡曲を技術的にきちんと演奏することは容易です。いっぽう逆は難しく、そもそも民謡胡弓とはいっても民謡三味線とは違って曲もごく少なく、また基本から順に教えていくと言うような教習システムが今のところほとんどない様なので、せっかく習うのならば、教習システムが確立していて基本練習から順に技術を磨くことができ、曲もとても多い胡弓楽から入る方が応用もきき、他の様々な音楽も弾けますし、後々のためにも良いと思います。特殊な胡弓楽(藤植流、および大胡弓)を除いて、使う楽器は同じです。ただし胡弓楽には流派、系統があり、システム的な教習をしていない所、またレパートリーの曲が非常に少ない所もあります。

 楽器
楽器未経験の方

よく、「これまで楽器の経験が全くないのですが、弾けるようになるでしょうか」という質問を頂きますが、教える方は基礎から確実に弾けるように指導します。ですから全くの初心者でも何の問題はありません。弾けるようになるかどうかは本人の問題です。つまりちゃんと練習をするかしないかです。練習をしなくても上手になるものなどありませんが、練習さえすれば人間は必ず上達するものです。もちろんプロになろうと思えばなるべく早い内から習うに越したことはありませんが、趣味で弾く分にはたとえ70歳からでも、きちんと練習さえすれば必ず弾けるようになります。

また、胡弓は難しいから三味線から習うべきなどという人もまれにいるかもしれませんが、これは全く根拠のない話ですので信用しないようにしましょう。

 三味線
三味線経験者の方
三味線の経験者の方は、胡弓が形状的にそっくりなので簡単に演奏できると思いがちです。しかし撥で弾くのと弓で弾くのとでは大変な違いがあることを認識してください。三味線の常識は必ずしも通用しません。三味線経験から胡弓を甘く見ないでください。ただし、左手の使い方は似ているので有利です。特に地歌三味線の左手手法とは大きな共通性があります。また、胡弓を弾いていると三味線が巧くなると言われます。これは胡弓の音が持続音なので、左手がつねに的確な動きをしないと良い演奏にならない、つまりごまかしが効かないこと、また胡弓では左手技法が三味線よりも細かくデリケートであるからです。更に、三味線と胡弓の有効絃長比はほとんど2対1なので、勘所の感覚がちょうど三味線の高い勘所と同じです。
 西洋
西洋擦絃楽器経験者の方
西洋擦絃楽器経験者の方は、基本的に運弓が同じですから慣れやすいと思います。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの場合弓の持ち方が逆ですが、コントラバスやヴィオールですと持ち方もほとんど同じです。問題は弓が強く張ってないこと、糸が金属弦ではないこと、弓ではなく楽器を廻して絃を選ぶこと、またヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの5度調弦とは違い4度調弦であることなどですが、 むしろ左手技法での、ヴィブラートのかけ方やポルタメント等、邦楽、胡弓独特の微妙なニュアンスを覚えるのが難しいでしょう。もっとも胡弓奏者の中にもそう言った微妙なニュアンスを受け継いでいない人が少なくありませんが・・・
 二胡
二胡経験者の方

二胡経験者の方は、弓の持ち方は同じですが、絹絃のデリケートな響きをいかに引き出すか、という点に特に注意が必要だと思います。二胡の感覚で弓を当てると雑音しか出ません。そして胡弓が4度調絃であり開放弦の余韻を大切にする楽器であること、胡弓音楽がムードや技巧中心ではなく内省的で瞑想性、象徴性が高いこと、またヴィブラートのかけ過ぎ等、表情が大袈裟にならないようにすることなどに気を付けてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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