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ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
Viola da Gamba(伊) Viole(仏) Gambe(独) Viol(英)
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ヨーロッパの擦絃楽器。ヴィオラ・ダ・ガンバとはイタリア語で「脚のヴィオール」の意味。両脚の間に挟んで保持し演奏する。15世紀後半にムーア人がスペインの撥絃楽器ビウエラを弓で弾いたのが始まりといわれ、現在の形になったのは16世紀初頭といわれる。南蛮人によって日本にもたらされ胡弓の原型になったという説もある。
普通6本絃で棹にはガット製のフレットを巻く。ヴァイオリン属と違い、胴の裏板の膨らみがなく平らであること、また棹に接する胴の部分がなで肩であること、響孔がC字形であること、調絃が4度音程を中心としていること、弓の持ち方が下手使いであること、開放絃の余韻を残す奏法などが特徴。ヴァイオリン属の輝くような強い音色と異なり、微妙なニュアンスの表現に適し、いぶし銀のような深い音色を持つ。トレブル、テノール、バスの各サイズがあり、イタリアのオルティス、英国のジェンキンズ、パーセルなどにより合奏曲や独奏曲が沢山作られた。17世紀末から18世紀初頭にかけフランスでは特にバスが愛好され、サント・コロンブ、マラン・マレ、フォルクレなどが名手として知られ、彼らやフランソワ・クープンなどにより洗練された美しい曲が多数作られた。類型楽器も多く、ヴィオラ・ダモーレ、バリトン、リラ・ヴァイオルなど様々なものが生まれた。
ドイツでも大バッハやテレマンらが作品を残しているが、バロック後期から古典派以降、音量が大きく派手なヴァイオリン属が流行し、ヴィオール属は下火になりほとんど演奏者もいなくなった。わずかにコントラバスが形状や調絃などにヴィオールの面影を留めていたが、20世紀前半頃から見直され、後半になって古楽器復興の気運と共に復活し、近年は再び演奏家も多くなった。
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ウンマトンコリ |
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北海道アイヌの擦絃楽器。渡来はそれほど古いものではなく、もともとはサハリン(樺太)の少数民族であるニブフ(ギリヤーク)、ウィルタ、ウルチ、樺太アイヌの楽器であったものが、山丹(サンタン)交易により北海道アイヌにも伝えられたものらしい。形状は胡琴に近く一本絃、筒状の胴に皮(板とも)を張ったものだが、棹の先が長く伸びている。竹に馬毛を張った弓で奏する。胡弓と違い、胡琴系の楽器と思われる。
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き
教育用胡弓(きょういくようこきゅう) |
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明治十年代に、音楽取調掛(おんがくとりしらべかかり・後の東京音楽学校、東京藝術大学音楽学部)が音楽教育用に考案した胡弓。三本絃で外見は通常の胡弓と同じだが、胴は板張り、音緒の代りにヴァイオリンと同じようなテール・ピース(緒留め板)があり、棹にはフレットを持つ。しかしすでにヴァイオリンやピアノが普及し、実際にはほあまり使われることなく終わった。
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け
絃・弦(げん) |
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楽器の場合、正しくは「絃」と書く。「弦」は本来弓のつる、または図形における半円形の直線部分のこと。「絃」は現在当用漢字に含まれないため、当用漢字の「弦」で代用されることが多く、中国でも「弦」の字が一般的に使用されている。当サイトでは基本的に「絃」を採用している。
弦楽器において、発音の主体となる部品。邦楽においては「糸(いと)」、沖縄では「チル」と呼ぶ。その原料によって動物系、合成樹脂系、金属系に分けられる。前二者と後者とでは音色に大きな違いがある。また低音用などのため、それらを合わせて製造することもある。動物系は東アジア、東南アジア、中央アジアでは多く絹が、インド、中央、西アジアからヨーロッパにかけては羊腸(ガット)が用いられる。その他としては馬の尾毛(モンゴルの馬頭琴、など)、シュロ(椰子の一種)の繊維や動物の腱などを使うものもある。また合成樹脂系絃は、消耗が激しく切れやすい動物系弦の代用として生まれた。日本の箏やギター、リュートなどは本来動物性絃を張るが、今日では合成樹脂系絃が使われることのほうが多い。モダンヴァイオリンや中国の箏、二胡も同様であるが、これらには金属系絃が使われる。
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け
絃(弦)楽器(げんがっき) |
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弦鳴楽器。共鳴胴に絃を張り、それをはじいたり擦ったりして鳴らす楽器。発音の方法により擦絃楽器、撥絃楽器、打絃楽器に分けられる。また音楽学者クルト・ザックスは形状によりリュート属、ハープ属、ツィター属、リラ属に分類している。胡弓はリュート属に含まれる。
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胡弓(くーちょー) |
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沖縄音楽で使用される胡弓。琉球古典音楽の伴奏に使用されるが、沖縄民謡にも取り入れられている。本土の胡弓と違い、胴は椀状で前面のみに蛇皮を張る。以前は椰子の実の殻を半分に割ったものを使っていたが、現在では木材(ケヤキなど)をくり抜いて作られる。棹は三線(さんしん)と同様黒檀(こくたん、本土でいうアフリカなどに産する黒檀ではなく、クルチと呼ばれる、沖縄から東南アジアにかけて産する木)や、その他の沖縄産の木製であるところも本土の胡弓(おもに紅木、紫檀製)と異なる。絃を「チル」と呼び、糸巻を「ノリ(範)」と呼ぶ。演奏に際しては、楽器を回転させて絃を選ぶ方法をとり、これは本土の胡弓と同じである。絃は本来三本で三線の1オクターヴ上に調弦されるが、現在では二十世紀後半に又吉真栄により改良された、四絃のものがかなり多く使用されている。これは低音絃が付加されたもので、本土の藤植流四絃胡弓とは異なる。弓もヴァイオリンのそれに近いものとなっている。一部には五本絃のものもある。来歴や本土の胡弓との関連については不明だが、尚氏琉球時代に東南アジア等との交易によってもたらされたのではないかと思われる。演奏家としては尚泰王の治世に活躍した安慶田親雲上、その伝承を受けた城間恒有、与世田朝保、その門弟である瑞慶覧昌光、戦後活躍した又吉真栄などがいる。
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こ
胡弓(こきゅう) |
、日本特有のリュート属擦弦楽器。皷弓とも書く。中国には存在しない。江戸時代前期にあらわれた。形状は三味線に似てそれよりも小さいが、初期の頃には円形の胴であったらしい。絃は3本から4本、または5本で、膝の上、または膝の前にほぼ垂直に立てて弓で擦って奏する。地域、流儀、個人などにより弦数、大きさ、弓の長さ、駒、楽曲などにいくつかの違いがある。通常の胡弓以外に大胡弓、藤植流四弦胡弓、五絃胡弓、明治初期に学校での音楽教育用につくられた「教育用胡弓」などがある。三曲音楽、劇場音楽、一部の民俗芸能、一部の宗教行事で用いられる。
また沖縄音楽では独自の胡弓(クーチョーと発音)が用いられる。なお、本義以外に通称として、ヴァイオリンや明清楽の胡琴、提琴も「胡弓」と呼ばれたことがある。また広義としてリュート属の擦弦楽器全般
、特にアジアのリュート属擦弦楽器全般を総称する場合に「胡弓」の語が使われることもあるが、定義が曖昧で狭義の胡弓との混同も甚だしく、混乱のもととなっている。
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胡琴(こきん・フーチン)
Huqin |
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中国の擦絃楽器。またその流れを汲む擦絃楽器の総称。宋、または元代に現れ、明代には各地に広まって戯曲等にもちいられた。胴は竹、紫檀などで出来た円形、または多角形の筒状で、通
常前面のみに蛇の皮を張る。多くは2絃で、絃の間に弓毛を挟み、毛の外側と内側でそれぞれ異なる絃を弾き分けるのが特徴。棹は竹または木製、円柱状で、絃との間が離れており、押えた指は棹に着けず、押圧による張力の変化で、同じポジションでも異なった音程を出すことができる。
隋、唐代には竹片を絃の間に挟んで擦り鳴らす「奚琴」が、中国北部で使用されており、形状は後世の胡琴によく似ている。おそらくそれがトゥルク族によって弓奏されるようになり、中国に伝え返され胡琴が生まれたのではないかと想像できる。
日本には江戸時代に明清楽の楽器として、撥絃楽器の月琴、琵琶、管楽器の明笛などとともに胡琴、提琴、携琴が伝えられ、明治中期まで演奏された。現在では長崎に残されており、擦絃楽器では胡琴のみ奏されるが、すでに中国では絶えてしまった曲もある。
胡琴類には非常に多くのヴァリエーションがあり、筒型胴ではなく椀型胴のもの、椰子の実や牛の角を胴にするもの、皮ではなく板を張るもの、糸巻を横から差し込むもの、復絃のもの、共鳴絃を備えたものもある。二胡、京胡は特に知られているが、そのほか広く各地に伝播し、板胡、墜胡、椰胡、提琴、広東音楽の高胡、福健省の二弦などを生み、また漢族のみならず少数民族や東南アジア、中央アジア、東北アジアにも広がって様々な同系楽器が生まれた。彝族の三胡、苗族の果哈、黎族の朗多易、壮族の馬骨胡、ウィグルの哈蜜胡琴、韓国のヘグム(奚琴)、モンゴルの四胡、チベットの鉄琴、ヴェトナムのダンニー(弾二)、タイのソー・ドゥアン、樺太ニブフ(ギリヤーク)族のトゥンクルン(ティンリン)などが同系統の楽器と思われる。ティンリンは北海道に伝えられアイヌ民族にもウンマトンコリとして用いられた。また近代になって、中音域や低音域をカバーする中胡、革胡なども生まれた。
なお「胡琴」という言葉は、もともと漢代など古くは琵琶を指していた。
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従来の胡弓が低音域に欠け、また低音部の響きが弱いので、それらを補うため原一男が考案した胡弓。絃の長さは従来の胡弓と同じとして運指の機能性を確保しつつ、低音絃を二本増やすことで大胡弓の音域をカバーし、さらなる低音も出せるようにした。全体的に音量も増大している。従来の胡弓の調絃、音域は三味線の1オクタ−ヴ上だが、五絃胡弓は低音域は三味線と同等、高音域は従来の胡弓と同等である。また大胡弓よりも5度下まで
音域を拡大、低音域はほぼヴィオラと同じである。調絃は通常C−G−D−G−Cとしているが、曲によって変えることもある。楽器の特徴としては低音に合わせて胴を大型化、棹も絃数に合わせ幅広くなっている。棹の表面は曲面とし、また駒に近いほど高くして、真中の絃や高いポジションでも押絃がしやすいようになっている。駒や胴の構造も高低の絃すべてが鳴りやすいように工夫している。1998年薩摩琵琶との合奏曲「AKUGARE」で始めて使用。
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弓、棒などで絃を擦り、持続音を出す弦楽器。世界各地に存在する。ほとんどはリュート属だが、中国の古楽器軋箏、朝鮮半島の牙箏(アジェン)、中国河北省の軋琴や福健省の文枕琴、壮族の瓦琴、日本の初瀬琴、インドネシアのタラワンサ、中世ヨーロッパの弓奏プサルテリーのようなツィター属、また英国ウェールズのクルースのようなリラ属系のものもある。
ほとんどは弓で擦り鳴らし、東アジアの一部に棒で擦絃するものがあり、特殊なものとして、回転させた輪を絃に当てて擦り鳴らすハーディ・ガーディがヨーロッパにある。弓にはほとんど馬尾毛を張るが、棕櫚(シュロ)の毛を使うものもある。
擦絃楽器の起源は、紀元前の古代文明ですでに用いられていた撥絃楽器と比べるとはるかに遅い。現在分かっている、本格的な楽器としての最古の文献は、7世紀頃、中国やその北方遊牧民で奏された奚琴、軋箏であるが、これらは弓ではなく竹片を用いて擦奏された。弓を用いる例は、10世紀のアラビアにおけるラバーブについての記述が最古である。弓奏擦絃楽器の発祥地は中近東から中央アジア方面と推定されているが、定かではない。むしろ奚琴のような棒奏擦絃楽器が遊牧民族によって西伝する過程で弓奏となり、ラバーブとなったのではないかと原は推察している。
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「さみせん」とも発音する。また三絃(さんげん)とも言う。日本のリュート属撥弦楽器。安土・桃山時代の永禄5(1562)年頃に中国より琉球を経由して渡来した楽器を、盲人音楽家が改良し、豊臣秀吉の頃には既にほぼ今日の三味線に近い形が完成していた。その後も様々な改良が加えられ、こんにち見るような楽器が完成した。
胡弓を大きくした形で三絃を張り、基本的には大きな撥で弾いて奏する。江戸時代には広く普及し、高度な芸術音楽から都市の流行り歌、地方の民謡、俗謡まで、また室内音楽から劇場音楽に至るまで、非常に幅広く愛好された。音域が広く表現力に豊む上に持ち運びも簡便なので、江戸時代の音楽文化をリードする楽器であった。その音楽は江戸時代から明治にかけて専門が細分化し、極めて様々なスタイルが確立され、またそれに合わせて楽器そのものにも実にデリケートな差異が生じた。
三味線の種類は大きく分けると、太棹、中棹、細棹、琉球三味線(三線・さんしん)に分けられるが、中棹と一口に言っても、ジャンルによってそれぞれ使用される三味線には微妙な違いがある。また駒の材質や作り、撥のサイズや形、糸の太さなども、ジャンルによって異なる。また近代になって高音用三味線、低音三味線(豪弦)、津軽三味線なども生まれた。
本土の胡弓ともっとも直接的に関わる三味線音楽は地歌である。多くの地歌曲には合奏させるための胡弓パートが作られている。また劇場音楽である浄瑠璃の義太夫節でも胡弓を部分的に使用する。
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まれに、一般的な胡弓を、大胡弓と区別し相対的に呼ぶ時に使われる言葉。とくに宮城会では大胡弓をたんに「胡弓」と呼ぶので、同会内においてそう呼ばれることが多い。通常のサイズより小さい胡弓があるわけではない。
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昭和2年、近代日本音楽の父、宮城道雄(1894年〜1956年)考案による大型の胡弓。通常の胡弓よりも大きいので一般的に「大胡弓」または「宮城胡弓」と呼ぶが、宮城会においては単に「胡弓」と呼ぶ。また低音用胡弓である「玲琴」を「大胡弓」と呼び、それに対して「中音胡弓」「中胡弓」と呼ばれることもあるので注意が必要である。3本絃で構造は通常の胡弓と同じだが、全体にずっと大きく、三味線よりもわずかに小さく、糸も通常の胡弓よりやや太い。調弦も通常の胡弓より約5度低く、三味線より4度高い。普通
二上り(にあがり)に調弦され、G−D−GまたはF−C−Fとする。主に音量の増大を狙ったもので、宮城作品では胡弓と言えばもっぱらこれが使用される。箏との二重奏である「荒城の月変奏曲」、室内楽的合奏曲である「韮露調」「湖辺の夕」「阿寒湖のほとり」「ひぐらし」、童曲の「ワンワンニャオニャオ」などの作品もあるが、「夢殿」「和風楽」など大合奏の中の1パートとして参加する曲が多く、中には「秋の韻(ひびき)」など大胡弓に重要なソロ楽器的役割が与えられている曲もある。ただ胡弓同士の合奏曲は「春陽楽」など胡弓四重奏の曲もあるが少ない。宮城道雄自身も、演奏会やレコーディングでみずから大胡弓を担当することが多かった。
当初は低音を増補した4本絃のものもあったようで、「湖辺の夕」などの原曲には、現在の3本絃の大胡弓では出せない低音が使われており、現行尺八譜にも4絃の調弦が記載されている。
後世「雪人形(唯是震一作曲)」、など大胡弓用の曲も作られ、また「春の雨(中塩幸祐作曲)」など大胡弓と通常の胡弓との合奏曲もできている。
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一部の胡弓関係者が外部に対して便宜的に用いている俗称で、胡弓のこと。「和胡弓」と呼ばれることもある。一般において胡弓の名称が広義的に誤用、濫用されているので、二胡などと区別するために使われ出したらしい。しかし胡弓はもともと「胡弓」という名称を持っており、また日本独特の楽器であり、外国には存在しないのであるから、仮名を「日本仮名」、東京を「日本東京」、富士山を「日本富士」と呼ぶのがおかしいように、わざわざ「日本」を冠するのは正しいとは言えないし、胡弓をますます本義から遠ざけるのを助長するおそれがあり、決して好ましい名称ではない。むしろ海外の擦絃楽器を広義的に日本語で呼びたい場合に「西洋胡弓」「中国胡弓」「タイ胡弓」などと使用すべきである。
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我が国の擦絃楽器。リュート属ではなく、韓国の牙箏(アジェン)と同じようにロングツィター属。形は一絃琴に似て胴は桐製、箱構造で断面は台形、左端に三つの糸巻が上から差し込まれ、胴の上には数個のフレットを持ち、三絃を張り、弓で擦って演奏する。弓は馬尾毛を張ったもの。一般的な楽器ではなく、天理教儀礼の音楽に用いられた。現在はほとんど演奏されない。
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江戸時代前期の絵画にあらわれる胡弓。現代のものと違い、胴が円形をしている。これが次第に三味線と同じ形になったらしい。
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も
馬頭琴 モリン・ホール Morin
quGur(蒙)
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モンゴルの擦絃楽器。地域や部族により呼び名は違う。台形の木製胴に皮、または板を張り、先端に馬の頭が彫刻された棹に2絃を張る。絃は馬の尾毛を束ねたものを使うが、中国内モンゴルのものはナイロンを束ねた絃で、また全体にチェロの影響を受け変形した楽器、弓が使用される。
独奏や合奏のほか、民謡、歌曲の伴奏によく使用される。近縁の楽器としてはトルグート族のキール・フール、トゥパ族のイギル、カザフ族のコブズ、キルギスのギヤークなどがあり、いずれも馬尾毛を撚らずに束ねた2本の絃を持つ。16世紀の記述によると、エジプトのラバーブも同様の絃を張っていた。
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ふ
藤植流四絃胡弓(ふじうえりゅうよんげんこきゅう)
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藤植流胡弓楽で使用される胡弓。この呼称は他の胡弓と区別
するためのもので、特に正式なものではなく、藤植流では単に「胡弓」または「皷弓」という。藤植流の演奏家はふつう山田流箏曲の演奏家を兼ねており、山田流箏曲に胡弓を合奏させる際もこの楽器を使用する。楽器全体のサイズは一般的な三本絃胡弓と大差ないが、絃が四本あるのが特徴。ただし三、四絃は「複絃」で同音に調弦されるので、実質的には三本絃胡弓と同じであり、両絃は同時に鳴らされる。通常は同じ音高で奏されるが、わざと二本の絃の音程を違えて不協和音的効果を出す奏法も生まれた。この奏法は特に鶴の鳴き声の擬音として、藤植流胡弓本曲の「鶴の巣籠」などにおいて多用されている。
弓は非常に長く、装飾と重さのバランスのため、手元に大きな房を取り付けるのが特徴。
また、演奏の際にはふつう楽器を膝の上に置かず、膝の前に置いた木製の台に乗せて奏する。
なお、18世紀末から幕末にかけて、当時の絵画から、関西においても四絃胡弓が使われていたらしいことが推測される。また幕末の頃の江戸では四絃胡弓が藤植流のような胡弓楽のみならず、
門付のような民俗芸能にも広がり使われていたらしいことが、当時の写真資料からうかがえる。これらのことから考えると、四絃胡弓は江戸時代後期にはかなり広範囲に普及していたものと考えられる。そのほか、明治から昭和にかけて富山県で門付胡弓の名手として知られた瞽女(ごぜ)の佐藤千代も、三絃胡弓のほか四絃胡弓も使用していた。
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朝鮮半島、中国朝鮮族の擦絃楽器。もともと隋、唐時代、中国北部に住んでいた遊牧民族「奚」が使用していた棒擦楽器の奚琴に由来する。唐代には中国にも伝わっていたようで、朝鮮半島へは高麗朝中期にキタイ(遼)または中国(北宋)から伝来し使われていたらしい。はじめは郷楽(ヒョンアク)に使われていたが、唐楽(タンアク)の合奏にも使われるようになった。李朝中期には演奏法が改められ、今日まで伝えられている。形状は胡琴に類似し2絃、木製の筒状の胴に桐板を張ったもの。本来のヘグムは糸巻を棹の前面
から差し込むが、中国朝鮮族では二胡風に改造されたものを用いるようである。また北朝鮮では大幅に形が変ったものが使用されるらしい。古典音楽から民俗音楽まで幅広く用いられる。
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楽器においては、擦絃楽器の絃を擦り発音するための部品。長さは十数センチメートルのものから、日本本土の一部の胡弓の1メートルを越すものまでさまざま。たいていは馬の尾毛が張られるが、まれにそれ以外のもの(シュロの繊維や麻糸)を使うことがある。また朝鮮半島の牙箏(アジェン)や中国河北省の軋琴では、弓ではなく竹やレンギョウの枝などで作った棒で擦って演奏する。
たいていの擦絃楽器では弓の毛を強く張る。また胡弓を含め、鉛筆を持つような保持法が一般的で、ヴァイオリン属や、顎や胸に当てて腕で抱える構え方のものでは、逆の持ち方をとる。弓毛は強く張るものが多く、更に手元の指を使って毛の張り具合を調節する場合もある。西洋の擦絃楽器では17世紀頃からネジで張り具合を調節するようになった。この方法は現在多くの国、民族の擦絃楽器にも取り入れられているが、胡弓においては毛は紐に結ばれ、紐の張り具合と、紐にかけた指で調整する。また胡弓の弓毛は量が多く非常に緩く張るのが特徴。これにより、柔らかくふくらみのある音が出る。
なお絃楽器以外でも、ノコギリや釘を弓で擦って演奏することもある。
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アラブの擦絃楽器。すでに10世紀には演奏されていた。現段階では弓擦絃楽器としてはもっとも古いものと言えるが、もともと7世紀頃、中国北部の遊牧民族により生まれた棒擦絃楽器、奚琴が、当時支配していたテュルク族の西進と共に、弓を用いるようになり、アラブに伝えられたものではないかと思われる(詳しくは「胡弓小事典・擦絃楽器の起源と伝播」参照)。椀状または方形の胴に羊皮を張り、1、2絃を持ったもので、トルコのレバーブ、ペルシアのカマンチェ、インドネシアのラバーブなど、同形の楽器は広くイスラム圏に広がっており、インドや中央アジアなどにも同名異形の楽器がある。またヨーロッパに伝播してレベックとなり、モンゴルの馬頭琴、タイのソー・サム・サイや我が国の琉球、本土の胡弓、ヨーロッパのヴィオール、ヴァイオリンも形態的にラバーブの系統に属すると言ってよい。
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音楽学者クルト・ザックスによる楽器分類法で、弦鳴楽器のうち、共鳴胴と棹が分れている楽器。更に棹の長短により細分される。胡弓、三味線、琵琶、ウード、ケマンチェ、リュート、シタール、ギター、ヴァイオリンなど。狭義のリュート属は、リュートとテオルボ、キタローネなどその近縁の楽器をさす。
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音楽学者の故・田辺尚雄が大正十年に考案した最低音用の胡弓。外見は胡弓には似ず、モンゴルの馬頭琴に類似する。アラブの擦絃楽器ラバーブを参考とし、音響学の学者でもあった田辺自身が音響学的な計算のもとに設計した。胴は桐か松製で台形、皮ではなく板を張り、表板には響孔を設けている。棹は三味線と同じで、3本の金属絃を持ち、チェロの弓を使って奏する。はじめ小玲琴、大玲琴の別
があったが、大玲琴の方は全く使用されなくなった。もともと追分(自由リズムの民謡の一群)の伴奏に用いていたが、後に新日本音楽の合奏用に用いるようになった。特に大正末期から昭和十年頃にかけて、町田嘉聲、金森高山らの作曲家が多くの合奏曲にさかんに用いたが、戦後はあまり使われなくなった。現在は宮城道雄作品の大合奏曲でごく稀に使用されるほか、名古屋市の演奏家石田音人氏が独自に製作、改良を加えて自作曲等に使用している。戦後これを使った作品としては牧野由多可の「胡弓三章」(1974年)がある。なおこの楽器を「大胡弓」と呼ぶ場合があるので注意を要する。
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れ
レベック Rebec(英、仏、独)
Ribeca
(伊)
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ヨーロッパ中世からルネサンスにかけ使用された擦絃楽器。10世紀頃にアラブのラバーブが伝播したものといわれ、形はアラブのものと大幅に異なり、北アフリカのラバーブやトルコのケマンチェに似る。細い琵琶状の胴を持ち、通常3本絃だが1本から5本のものまである。16世紀には日本にももたらされた。それが胡弓の原型になったという説もある。
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一部の胡弓関係者が外部に対して便宜的に用いている俗称で、胡弓のこと。「日本胡弓」と呼ばれることもある。一般
において胡弓の名称が広義的に誤用、濫用されているので、二胡などと区別
するために使われ出したらしい。しかし胡弓はもともと「胡弓」という名称を持つ唯一の楽器であり、また日本独特の楽器であり、外国には存在しないのであるから、カナを「和仮名」、東京を「和東京」、富士山を「和富士」と呼ぶのがおかしいように、わざわざ「和」を冠するのは正しいとは言えないし、胡弓をますます本義から遠ざけるのを助長するおそれがあり、決して好ましい名称ではない。むしろ海外の擦絃楽器を広義的に日本語で呼びたい場合に「西洋胡弓」「中国胡弓」「タイ胡弓」などと使用すべきである。
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参考文献
「標準音楽事典」1966 音楽之友社
東洋音楽選書 「箏曲と地歌」 1967 音楽之友社
「箏絃事典」 中島雅楽之都監修 1973 前川出版社
「邦楽用語辞典」 田辺尚雄著 1975 東京堂出版
「胡弓 日本の擦弦楽器」 平野健二監修 1976 フィリップス
「中国音楽詞典」 中国芸術研究院音楽研究所編 1984 人民音楽出版社(中国)
「邦楽百科事典」 吉川英史監修 1984 音楽之友社
「世界楽器大事典」 黒沢隆朝著 1987 雄山閣
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